佐藤琢磨の今季初優勝に繋がったレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのエンジニアリング強化

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By Auto News on Apr 15, 2019 at 5:42 PM
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     インディカー・シリーズ第3戦アラバマ予選で、久々のフロントロー独占を果たしたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLLR)。決勝レースでも、その勢いで佐藤琢磨が今シーズン初優勝を飾った。

     1992年シーズンを前に強豪チームのパトリック・レーシングをカール・ホーガンとともに受け継いだボビー・レイホールは、オーナー兼ドライバーとなった初年度こそ自身のマシン1台のみを走らせるチームだったが、2シーズン目からは2カー体制を敷き、2000年代の初めには3カー体制で戦っていた。

     しかし、スポンサー不足から2008年は1台を走らせるのみとなり、2009~2011年はインディ500だけに出場と存続の危機に瀕していた。

     BMWのワークスGTチームを走らせ、スポンサー獲得にも奮闘。チームの体制を立て直した彼らは2012年、彼らは本拠地オハイオ州コロンバスをGTカー・チーム用のベースとして、インディカーのショップはインディアナポリスに新設。佐藤琢磨を起用してフルシーズン・エントリーを再開させた。

     インディ500優勝にあと一歩まで迫った琢磨とチームは、その年の終わりには袂を分かつが、ボビーの息子のグラハムがレギュラーとなる2カー体制が翌2013年には復活した。

     しかし、2台をコンペティティブに走らせるのに十分な活動資金をコンスタントに確保するのは難しく、2015年にはグラハムひとりを走らせる体制に縮小された。それでも彼らは2勝し、ランキン4位。

     翌年も1台体制で1勝を挙げランキング5位、2017年は2勝してランキング6位と3年続けてチャンピオン争いに加わり、2015、2016年シーズンはホンダ勢のランキングトップだった。
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    オーナーとしてグラハム・レイホールを支えるボビー・レイホール

     それだけのパフォーマンスを見せることができたのは、ボビー・レイホールがエンジニアリングの強化に取り組み続けたからで、琢磨がチーム復帰を決意したのも、この3年間に彼らが残したリザルト、それを可能にさせたエンジニアリング力の高さに魅力を感じてのことだった。

    ■RLLRの勝利を支えた琢磨担当エンジニアのジョーンズ


     2018年から琢磨のレースエンジニアを務めて来ているのはエディ・ジョーンズ。2013年にチーム入りし、RLLRが再び勝ち始めた2015年からチームのリードエンジニアとなった。この頃に同時進行していたショック・アブソーバー開発プログラムの強化も効果を発揮し始めた。

     イギリス出身のジョーンズは70~80年代はドライバーで、自ら設計したマシンで走っていた。アメリカで本格的に活動するようになったのは90年代に入ってからで、その最初はレーシングマシンのコンストラクターとしてだった。

     その後にフォーミュラ・アトランティックやFフォード2000のチーム・コンサルタント、チームマネジャー、レースエンジニアとして活動。

     1996年にチーム・グリーンでインディライツのエンジニアとなった。この時には服部尚貴を2シーズン担当している。2001年にはチーム内でインディカーへと異動。

     チームはアンドレッティ・グリーン、アンドレッティ・オートスポートと体制が変遷したが、ジョーンズは15年間も在籍してマイケル・アンドレッティ(2001-2003)、ダン・ウェルドン(2003-2005)、マルコ・アンドレッティ(2006-2008& 2011)、ダニカ・パトリック(2009-2010)のレースエンジニアとして働き、ウェルドンのインディ500優勝を含む13勝を挙げ、ウェルドンとはチャンピオンシップも獲得。

     RLLR入りする前の2012年にはKVレーシング・テクノロジーに移ってルーベンス・バリチェロを担当した。
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    2018年ポートランド戦での勝利を喜ぶエディ・ジョーンズと佐藤琢磨

     ジョーンズのリードで優勝を重ね、タイトルも争えるチームになったRLLRだが、ボビーが目指して来ているのは強力な2カー・チーム。

     琢磨を呼び戻す1年以上前に、彼はトム・ジャーマンをチーム入りさせた。2016年にインディカー・デビューしたアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)とインディ500優勝を飾ったばかりのエンジニアを獲得したのだ。

     チーム・ペンスキーで1997年から14年も働いた彼は、その間に3回のタイトルと4回のインディ500優勝に関わった(ロッシとのインディ500優勝は5勝目)。

     琢磨が戻ってきた2018年。ジャーマンはグラハムを担当しつつテクニカル・ディレクターとしてチーム全体を見るようにもなった。そして2018年シーズン終了後、RLLRはアレン・マクドナルドも獲得した。

    ■マクドナルド加入で強力なエンジニアリング体制に


     シニア・デベロップメント・エンジニアという肩書きでの採用となったが、彼はジャーマンに代わってグラハムのレースエンジニアを務めることにもなった。インディ500で2勝、インディ500でのポールポジション獲得3回の実績が彼にはある。

     昨年のインディ・ポールはエド・カーペンターだったが、エド・カーペンター・レーシングのテクニカル・ディレクターがマクドナルドだった。

     マクドナルドもイギリス出身。彼のレースキャリアはF1のチーム・ブラバムに始まり、アロウズに移籍。97年には元F1ドライバーのマーク・ブランデル(パックウェスト・レーシング)のエンジニアとなるべくアメリカにやってきた。
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    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに加入したアレン・マクドナルド

     2002年にはチーム・グリーン(後のアンドレッティ・オートスポート)に移籍。2007年にはダリオ・フランキッティとインディ500で優勝し、その年のタイトルも獲得した。2010年からの2シーズンはファスト・レーシング~サム・シュミット・モータースポーツで過ごしたマクドナルド。

     彼は2011年のシーズン後にアンドレッティ・オートスポートに復帰し、2012-2013年はマルコ・アンドレッティを担当。彼はチームのテクニカル・ディレクターとして2012年のライアン・ハンター-レイのタイトル獲得を支えた。

     2014年からはシュミット・ピーターソン・モータースポーツに戻ってミカエル・アレシンとジェイムズ・ヒンチクリフを見た。そして、RLLR入り直前の2018年は前述の通りエド・カーペンター・レーシングでテクニカル・ディレクター、ジョーダン・キングの担当エンジニアを務めていた。

     マクドナルドの加入により、RLLRは経験豊富なエンジニア3人が協力し合う非常にパワフルな体制になった。

     マクドナルドが来たことでインディ500でのパフォーマンスアップが向上することは当然期待される。昨年のシーズン終了後に行われたタイヤテストですぐさま効果が発揮されたほどだった。

     しかし、インディ500に限らず、エンジニアリング全体に向けられる新しい視点、異なる角度からの分析が彼によって行われ、エンジニアリングに深みが生まれる点がより大きい。

     アンドレッティ・オートスポートでジョーンズと一緒に働いていた時期があるため、彼らのコミュニケーションは最初からスムーズだ。

     早くも第3戦の予選1-2、そして琢磨の優勝という素晴らしい結果に繋がった。
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    琢磨のポールを祝うグラハム・レイホール

     2018年からは日本とアメリカでビジネスを展開する企業のアビームがデータ収集、解析でRLLRのエンジニアリングに参画。彼らはチームのスポンサーともなっており、RLLRの戦闘力アップに一役買っている。

     チーム力を増すレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング。勢いそのままにインディ500、そしてチャンピオン争いの主役に躍り出るかもしれない。
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    序盤4戦を終え、シリーズランキング4位につける佐藤琢磨

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